2011年01月20日
おとなしく埋まっていることにしました。
その時の私も、当然寝てたが、いきなり下からズドンとした音とともに揺れだし、そしていきなり横揺れが数秒続いた。
マンションが折れるかとまじめに思った。
被災はなかったが、尼崎に住む両親と伊丹の姉の自宅は被災した。
「はんぱじゃなかった、めちゃ恐かった、生きててよかった。」1 17 を記録する会編/大和出版 は
阪神淡路地区であの地震を体験した中学生88人の生々しい現場報告だ。
彼ら彼女らは多感な中学生だけあって作文の一つひとつが飾らない。
そのため緊迫した状況報告はリアル、身内の死に向かい合う姿勢はけなげで、珠玉の作文集となっている。
当時御影中学三年の井川静恵のは特に凄い。
『私の上に何か重いものが乗っていました。動くのは右手の手首から先と、左手のひじから先、
それに左足の膝から下だけでした。(中略)
全身に力を入れてみました。
何一つ動きませんでした。(中略)
無力でした。おとなしく埋まっておくことにしました。
左手で一生懸命に口のあたりの土を払いとばしました。
かき出してもかき出しても土はありました。
布団と何かの間の隙間が詰まっては大変と勢いよく土を払いとばしました。
何とか気道確保が出来ました。
しかしだんだん息苦しくなってきました。
上が重いのです。(中略 )
胸がつぶれそうになってきました。
ときどき来る余震で口の周りの空間に土が流れ込んできます。
それを必死でかき出していると手が冷たいことに気づきました。
伸ばせば伸ばせるだけ手を伸ばすと指先がひんやりとします。
どこからか外の空気がながれているのだと思い、指先が冷たいこと、それだけを頼りに私は呼吸をしていました。(中略)
余震で口に入ってくる壁の土を吐き出す暇もなく呼吸を続けました・・・・。』 御影中学三年 井川静恵
毎年1月17日5時46分に自宅バルコニーから神戸のある西に向かい一分間黙祷をする。
今年でもう十六回になる。
マンションが折れるかとまじめに思った。
被災はなかったが、尼崎に住む両親と伊丹の姉の自宅は被災した。
「はんぱじゃなかった、めちゃ恐かった、生きててよかった。」1 17 を記録する会編/大和出版 は
阪神淡路地区であの地震を体験した中学生88人の生々しい現場報告だ。
彼ら彼女らは多感な中学生だけあって作文の一つひとつが飾らない。
そのため緊迫した状況報告はリアル、身内の死に向かい合う姿勢はけなげで、珠玉の作文集となっている。
当時御影中学三年の井川静恵のは特に凄い。
『私の上に何か重いものが乗っていました。動くのは右手の手首から先と、左手のひじから先、
それに左足の膝から下だけでした。(中略)
全身に力を入れてみました。
何一つ動きませんでした。(中略)
無力でした。おとなしく埋まっておくことにしました。
左手で一生懸命に口のあたりの土を払いとばしました。
かき出してもかき出しても土はありました。
布団と何かの間の隙間が詰まっては大変と勢いよく土を払いとばしました。
何とか気道確保が出来ました。
しかしだんだん息苦しくなってきました。
上が重いのです。(中略 )
胸がつぶれそうになってきました。
ときどき来る余震で口の周りの空間に土が流れ込んできます。
それを必死でかき出していると手が冷たいことに気づきました。
伸ばせば伸ばせるだけ手を伸ばすと指先がひんやりとします。
どこからか外の空気がながれているのだと思い、指先が冷たいこと、それだけを頼りに私は呼吸をしていました。(中略)
余震で口に入ってくる壁の土を吐き出す暇もなく呼吸を続けました・・・・。』 御影中学三年 井川静恵
毎年1月17日5時46分に自宅バルコニーから神戸のある西に向かい一分間黙祷をする。
今年でもう十六回になる。
Posted by 渡邉郁夫 at 10:54│Comments(0)
│時事